ある夢



あいまいな夢を思い出そうと、もどかしく 
場面ごとに遡っていくと
満ちてくるもの、
それは、涙ではなく 現実の雨でもなく
子供のころ、住んでいた家に
もういない父が
あらわれて、
別々の時期に生きていた猫たちも
不整合な日々の、
古い家屋のなかを歩きまわり、
タイル張りのふろ場の 
蛇口から
流れ落ちる細い水が、湯船に溜まって
あふれる
わたしは、タイル張りのふろ場から
母に電話をかけようと
するが、電話番号が思い出せず、
ああ、どうしてこう何もかも 
忘れていってしまうのかと
茫然としたのは
夢を反芻している わたしであり、
夢のなかでは、
とにかく思い出そうと必死に
なっている それが、これまでのわたし
なのだろう
あふれ出すのは、そのような 
焦燥であったか、
あるいは、べつの何か わたしへの 
啓示であったのかもしれない
足もとに
敷き詰められた紺色や、うす緑やら 
乳白色のタイル、ぶどうのつぶくらいの
楕円のちいさなタイルは
ことさらに、うつくしくなくとも、
いとおしく
ところどころひび割れ、くすんでいた
                             
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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